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横須賀オン・マイ・マインド

第186回 ライブハウスの良し悪し

 クラシックでは良く「コンサートホールは楽器の一部である」と言われる。確かにそうだろう。音が重視されるのが音楽なのでそれを演奏する場所も音の良し悪しには大いに関係してくる。ジャズの場合は演奏する場がコンサートホールではなくライブハウスであることが多いのでライブハウスの良し悪しは演奏を大いに左右する。
 ライブハウスはそのものの良し悪しもさることながら演奏者との相性が第一である。これにはハード面とソフト面がある。前者ではライブハウスの立地、音響、器材類(楽器を含む)、ステージの広さなどがある。ソフト面と言うのは難しいが要するに客種や店の雰囲気などだろう。店主の性格なども大いに関係するかもしれない。
 ハード面で最も気になることはやはり楽器だろう。店に備え付けの楽器で一番重要なのがピアノである。中にはジャズを専門としないライブハウスではエレピしかない店もある。やはりピアノであることが望ましい、できればグランドピアノであれば申し分ない。更に最低限調律だけはきちんと行われた楽器であって欲しい。
 ソフト面で最も重視されるのは店の雰囲気である。客種はその店に培われたものである。店主があまり口うるさくてもいけない。私個人の好みから言えばやはりじっくり我々の演奏に耳を傾けてくれる客がベストだ。さらに適宜拍手など戴けたら言う事はない。尤もこうした客はバンドが育てるものでライブハウスの責任ではないかもしれない。  


第185回 素読(そどく)の教え

 江戸時代の教育の一環として素読(そどくまたはすよみともいう。)が必須科目であった。これは論語などの難しい本を皆で音読するものである。勿論小さい子供に意味など分かるわけがないがそれでも音読を日々重ねる。こうしているうちに自然と意味が理解できてくる、というやや乱暴な教育方法である。がしかしこの素読はかなり深い意味を持っている。
 読書にはアルファ読みとベータ読みがあり、前者は知っている事に関する著作を読むことに対し、後者は全く未知のことを読む技術である。つまり知っていること、昨日の野球の結果などはアルファ読みであり、社説などはベータ読みということになる。今大学生といえどもアルファ読みばかりでベータ読みのできない学生が多いらしい。
 ここからはジャズの話になる。一般的に譜面を読んで演奏するのはアルファ読みの読書に匹敵する。それに対しアドリブはベータ読み手法でなければできないのだ。つまりある程度の想像(及び創造)力がないとアドリブはできないことになる。アルファ読みを突き詰めると自然にベータ読みができるという訳ではない。ここでジャズを志す人は悩むのである。
 ではどうしてベータ読みのアドリブができるようになるか?この秘訣が冒頭に申し上げた「素読」にある。つまり、譜面を読む練習から離れて一見非効率的だが耳で聴きながら自分のフレーズを積み上げていくと言う訓練が必要となる。それに対しての技術的裏付け、コードの解釈とかフレージングは後からついてくる。これがジャズの「素読」システムである。
         

第184回 “教え魔レッスン”の弊害

  私がまだゴルフに凝っていた頃、ゴルフ練習場に行くと良く“教え魔”に遭遇した。初心者らしき人の後ろに立って「アドレスが前かがみ過ぎる。」「バックスイングで肩が回ってない。」「ボールを良く見ろ。」「インパクトでは左の壁を作れ。」等など。ゴルフ雑誌から抜け出たような言葉を浴びせ続けるのである。
 楽器の場合も良くある。くわえ方がどうのこうの、指の形がどうのこうの・・・との忠告は必ずしも間違ってはいない。しかしレッスンとは単に「欠点を指摘する」ことではなく、全体的にレベルアップを図ることなのである。だから「教え魔」のように気づいた点を片っ端から指摘するだけでは体系的な進歩は望めない
 教えられる側から観てもそうだ。以前ビッグバンドで毎回コーチを変えて教えを乞うたことがあった。皆日本で一流の錚々たる顔ぶれのコーチであった。教えられたことはなるほどと思うのだが毎回コーチによって指摘が変わり、ある時は正反対の表現となることもあり、生徒(バンドメンバー)は訳分からなくなる。一流のコーチにしてもこれである。
 従ってレッスンはできれば単一の人に継続的に受けることが理想である。教える側からすると「今この生徒には欠点が数々ある。その中で今改善すべきことは何か?」を考えるのだ。そこへきて第3者の教え魔が「あれも良くない、これも良くない」と口出しするとレッスンはめちゃめちゃになる。「教え魔は百害あって一利なし」である。  


第183回 メインストリーム・ジャズとは?

 1930年代、スイングジャズの衰退とともにビッグバンドで活躍してきた奏者が中心となってモダンジャズでもなくデキシーでもない新しい感覚のジャズが生まれた。これがメインストリーム・ジャズである。ビッグバンド出身のプレーやーが中心であり、譜面も読めてアドリブも上手いベテラン奏者が揃って活躍したのである。
 こうしたジャズをかつてジャズ評論家の大橋巨泉氏は「中間派」という名前を付けたのである。氏ならではの感性が生きた上手いネーミングではある。しかしただ二つのスタイルを足して2で割ったという単純な概念ではなく、大きな流れとしてジャズの歴史の中でも数多くの名演が残されている。まさにジャズの宝庫なのである。
 代表的な演奏はプロデューサーのノーマン・グランツが立ち上げたJATP(ジャズアットザフィルハーモニック)というジャムセッションスタイルの演奏であり、全米やヨーロッパ、日本等でも大人気を博した。こうしたバンドは個人技が中心のグループだったので奏者の高齢化とともに衰退していったのだがその精神は未だに受け継がれている。
 中心的なジャズはモダンに移行したとはいえ、若手奏者の台頭もあり、このジャンルの演奏は今でもメインストリーム(主流)を保ち続けているのである。こうした状況を踏まえて今回ミントンハウスでメインストリーム・トリオと言うグループを立ち上げて初ライブを行うこととなった。私のライフワークとして演奏を続けて行きたい。
         

第182回 楽友の死を悼む

  日本中が季節外れの猛暑に見舞われたある日、私の長年の楽友である村井忠一氏が亡くなられた。彼とは50年以上の長きに亘りBig18というバンドをコンビで支え続けてきた。彼がバンドを代表するバンマス(バンドマスター)で私が音楽的なリーダー役のコンマス(コンサートマスター)を務めてきたのである。
 その後数年前に私はコンボ活動重視のためビッグバンドを止め、彼はビッグバンド活動を続けていた。丁度翌日にバンドの定期演奏会を控えた前日の朝玄関わきで倒れて帰らぬ人となった。前々からがんと闘ってはいたがその10日前に会った時は顔色もよくラッパを元気に吹いていたので「もうすっかり完全復活ですね!」と安心していたのである。
 彼のすごい所は単にトランペットが上手いだけではなく、バンドの統率力、膨大な譜面の管理、そして何よりもプロアマを問わずミュージシャン仲間の人脈の豊富さである。業界では特別な存在として一目も二目もおかれている。今回の定演でのゲストは「ピンキーとキラーズ」の今陽子氏であったが毎回定演では著名なプロ歌手を招いている。全て彼の力による。
 “惜しい人を亡くした“は余りに月並みである。哀悼の意を惜しまないが私は別の感慨を抱いている。ビッグバンド以外にも演奏の幅を広げており、充実した音楽生活の真っ只中での急逝。これはまさに音楽に命を捧げた彼にとって理想的な逝き方ではないか?かっこ良すぎである。村井さん、後から行くので天国でのセッション、待っていて下さい!  


第181回 日本のジャズの生い立ち

 ジャズは言うまでもなくアメリカで生まれた音楽である。ジャズに限らず文化の伝播には何か特殊な要因が加わる。例えばジャズのヨーロッパへの伝播はアメリカで差別に悩まされた黒人が差別のないヨーロッパに移住したことがきっかけとなった。ヨーロッパに伝わったジャズはフランスなどの知識人にもてはやされて一挙にポピュラーになったのである。
 一方日本にジャズを伝えたのは戦後“進駐軍”であった。彼らの故郷のジャズをベース内のクラブ等で演奏しそれがやがてベース近隣のバーやキャバレーでも演奏された。そして次第に日本全土に広まったのである。私の故郷横須賀はたまたまそのベースがあったために市中にはジャズが溢れていたので私は小さいころからジャズに接することができた。
 日本人の演奏者の先陣を切ったのは戦時中軍楽隊で楽器をマスターした人たちであった。彼らは良いギャラにつながるジャズを急速にマスターしたのである。特に戦後の日本のジャズ振興にかかわったミュージシャンは殆どが軍楽隊出と言ってよい。今のように音楽学校などない中で彼らは必死に耳で覚えて腕を磨いたのである。
  こうして進駐軍からスタートしたジャズはその後世代交代とともに新しい形のジャズに変貌していく。現在では国内の音楽学校や渡米して腕を磨いた若いミュージシャンが日本のジャズをリードしている。各自の演奏技術も大幅に進歩しているのは間違いない。しかし我々は常に先人が苦労してマスターしたジャズの真髄を忘れるべきではないと思う。
         

第180回 ユーミンと相模線

  「相模線」は神奈川県の県央を縦断するローカル線である。一応JRなのだが単線で10年前くらいまで電化もされていなかった。そのため電化前は駅に着くとドアは手で押し開けたものである。今でも電化されたとはいえまだドアは客がボタンを押さなければ永遠に開かない。私の友人にはドアの前で待っていても開かずそのまま乗り越した人もいる。
 単線の宿命で2駅か3駅ごとに入れ替えがあるので待ち時間がやたらと長い。昔は相模線をもじって余り待つので「しゃがみ線」などと揶揄されていた。いつまでたっても来ないのでしゃがんで待っていたからである。この電車は茅ケ崎から県央を縦断して橋本が終点である。更に時にはその先の八王子まで直通で1時間とちょっとで行ける。
 ここでユーミンの登場となる。彼女の実家は八王子の古い呉服屋さんで彼女はそこのお嬢様だった。若い頃は良く八王子から茅ヶ崎に通っていたらしい。茅ヶ崎のサーフショップに入り浸っていたそうである。その途中で相模線の車窓から外を眺めていたのだろう。途中寒川のあたりは農家が多く花の栽培も盛んだった。
 彼女が作った“赤いスイトピー”は松田聖子が歌い大変ヒットした。この曲は寒川近辺の車窓から見えたスイトピー畑からインスピレーションを起こして作ったそうだ。花畑の反対側には相模川が流れ、遠くには、富士山、大山、丹沢がそびえている。最近その事を知ってからは何だかこの辺鄙な相模線に愛着を感じ、頻繁にこの線を利用している。  


第179回 スキャットって何だ?

 スキャットとはヴォーカリストが“シャバデュビデュバ”のように意味のない言葉でアドリブフレーズを歌う事である。この起源は古く1920年代ルイ・アームストロングが彼のホットファイブの演奏の中で最初に歌ったとされている。今年はスキャット生誕90周年となる。曲は“ヒービー・ジービース”という曲で私も学生時代よく演奏した曲である。
 この中でヴォーカルソロ16小節の後数小節ほど中断し、スキャットが始まる。そしてまた歌詞のあるヴォーカルに戻るのである。この理由は諸説ある。歌詞を忘れた、または歌詞カードが譜面台から落ちた…など。私は前者をとる。彼は歌詞カードなんか見ていなかったと思う。それに彼なら歌詞を忘れるという事は大いにあり得ると思っている。
 しかしその後この歌い方がジャズで定着するようになった。最初に我々の耳に入ったのはイレブンPMという番組のテーマ曲であった。このテーマミュージックはインパクトがあった。その後由紀さおりの「夜明けのスキャット」がヒットし、スキャットはポピュラーとなった。今ではジャズ歌手を中心に広く歌われている唱法である。
 このスキャット、メロディはアドリブで歌われる。つまり曲のコードやアドリブフレーズづくりを学ぶ必要がある。一般的には大変難しく、良く聴かれるスキャットはただでたらめに歌われていることも少なくない。スキャットの第1人者、ルイ・アームストロングのようにはいかないまでもきちんとしたスキャット唱法を身につけてトライして欲しい。
         

第178回 規定とフリー演技

  昔体操やフィギュアスケートでは種目が規定とフリーに分かれていた。つまり規定では完全に技術だけを審査対象とし、フリーでは選手が自由に振付を考えていたようである。だから規定と言う種目はフィギュアに例を取ると氷上に描かれた図形の通りスケートを走らせる・・・と言うような競技であり、大変地味で退屈な種目であった記憶がある。
 その内規定は廃止され、体操では鉄棒、床と言った演目別の競技となった。フィギュアではショートプログラムとフリーから構成されている。これによって観る方からすると格段に面白くなった。各演技は普段の規定の練習結果の集大成であり、単に技術的な面だけでなく技の構成や芸術的観点まで幅広い表現が求められる。
 翻って楽器の場合はどうか?教室レベルの話では大半が規定のロングトーンやタンギング、運指などの基礎練習が主体となる。ただやはり音楽であるからフリーに当たる曲の演奏も重視される。普段規定では余り冴えなかった生徒がフリーになると途端に素晴らしい感性を発揮することもある。逆に規定は上手いが曲になると・・・と言う生徒もいる。
 一般的な音楽教室ではどちらからと言うと規定科目が中心のレッスンが多いように思われる。私はなるべく実戦で役立つようなレッスンを心掛けている。つまり人前で演奏する場合の心構えや演奏のポイントをなるべく生徒に伝授したい。そろそろ我が教室からも規定のみならずフリーが充実し、独立したライブのできる人材が育ちつつあるのは喜ばしい事である。  


第177回 セッションの功罪

  セッションというのは客がホストバンドの伴奏をバックに演奏に参加できるシステムのことである。ホストバンド側から見ると集客の手段となる。今バンドが自分のバンド演奏だけで客を集めるのはプロといえども大変難しい。そこでこのようなシステムがポピュラーとなった。一方参加者からすると生バンドをバックに演奏が体験できる良きチャンスとなる。
 現実的にはホストバンドが最初に自分たちの演奏を披露し、第2ステージに客の参加者をステージにあげる事例が多い。参加者は予め楽器と名前を記入しホストはそのメンバーを見つつ演奏メンバーを組み合わせる。参加者の中にはドラムやベースの人もいるので必ずしもホストバンドをバックに演奏できるとは限らない。相手が誰になるかは運を天に任せるのだ。
 時には大変上手い管楽器奏者がすごく下手なピアノと共演・・という事もあり得るしその逆もある。従ってホストの組み合わせの才覚がセッションのカギを握っていると言えるだろう。参加者からすると気持ち良く演奏できる時とそうでない時がはっきり分かれる。参加者としては予めホストバンドのスタイルや力量を知って参加した方が無難である。
 従って純粋に客としてジャズを聴こうと思ってきた方々は多くの場合失望を味わうこととなる。玉石混交のライブなので腕試し演奏に付き合わなければならないからだ。自分の場合、セッションに誘うのは生徒や楽器経験者のみとし、自分のジャズをじっくり熱心に聴きたいジャズファンはまた別の機会をお勧めすることにしている。


第176回 吹奏楽の魅力

 自分の音楽の原点は中学3年のブラスバンド時代にさかのぼる。私の音楽人生の中で胸の内にはブラスバンド時代中、高、大8年間の郷愁が色濃く残っている。毎日毎日良く練習したものである。中、高は軍楽隊出身の猛烈コーチに仕込まれた。その時は別にブラスバンドが楽しくて仕方ない…という事はなかったが過ぎ去ってみるとむやみに懐かしい。
 最近私の生徒さんなどが所属する吹奏楽団の演奏会を聴く機会が多い。若い人たちが精一杯演奏する姿には感動を禁じえない。昔の自分の姿に重ね合わせてコンサートを大いに楽しんでいる。先日も地元の市民吹奏楽団の演奏を聴く機会があった。私はやはりあの吹奏楽のサウンドが芯から好きなんだなあ・・・と痛感する。
 ただちょっぴり不満がないわけでもない。昔は定番だった幕開けの行進曲がない。アニメソングや映画音楽がやたらと多い。クラシックの大曲は影をひそめて場内は誠にハッピーな雰囲気が漂う。これはこれで良いとは思うのだが何かちょっと物足りない。少しは骨のある大曲、すなわちクラシックの名曲も聴きたいと思うのは私一人だろうか。
 メンバーは若い女性が多い。コンサートに際しての選曲はメンバーで構成される「選曲委員会」なるものがメンバーの意見を集約して決めるらしい。どうしても自分たちの好きな音楽に偏ることになる。従ってアイドルのPOPSやアニメソングが上位を占めることとなる。ジジイの少数意見などは無視されるのは仕方ないだろう。それは承知の上でアンケート用紙にはジジイの少数意見を書かせていただいた。  


第175回 曲のキー

  キーとは曲の音の高さのことを表す。クラシックの場合は“アレグロ変ホ長調”などのように曲のテンポとキーが指定されている。しかしジャズの場合は何のキーでやっても基本的には構わない。しかしやはり暗黙の了解やキーの適不適があるのでキーの選択はかなり慎重に行う。
 何故キーを変えるのか?色々理由がある。先ずはその曲にふさわしい音の高さと響きがある。また楽器によっても音の高さは異なってくる。私の場合、サックスでもテナーとアルトではキーを変えることが多い。一番鳴りが良く、聴いていて不自然でない音程は楽器によって異なるからである。
 またライブなどで演奏する場合、同じキーが続くと変化に乏しくなることがある。その場合は曲が変わったら違うキーの曲を選ぶ。キーばかりでなくメジャーとマイナーも使い分ける。そうすると聴いているお客様も安心して聴ける。それとは別にヴォーカルのバックはヴォーカリストの声の高さに合わせてキーは変えなければならない。
 曲のキーは何でも構わないので参加自由のセッションではチャーリーパーカーのような超絶技巧の奏者はわざとすごく難しいキーで演奏したと言われている。つまりへたくそな奏者の締めだし対策である。しかし一般的には余り難しいキーはバックのプレーヤーに嫌われるのでなるべく一般的で簡単なキーを選ぶ事が奏者同士のエチケットであろう。

第174回 ゲストを招いての演奏

 毎月茅ヶ崎マリーでは我々カルテットの定例コンサートを毎月行っている。そこには2,3カ月に一度東京から一流プロのゲストを招いている。トランペットの下間氏、クラリネットの後藤氏、テナーサックスの田辺氏や右近氏、トロンボーンの松本氏等である。いつも彼らのお蔭で熱い演奏を繰り広げている。
 これらのゲスト招待のメリットは数々ある。まず第1は観客サービスである。いつも我々だけの演奏ばかりでなくゲストを交えることによってより新鮮味のあるライブが期待できる。現にライブを招くときは会場も大入りになることが多い。観客からはいつも「茅ヶ崎でこんなすごいプレーヤーの演奏が聴けるとは思わなかった」などの声も聞こえる。
 第2に我々招くバンドの立場からのメリットである。当然ゲストサイドからの指定曲もあり、初見の譜面にも対応しなければならなくなる。またフロントが二人になるため、構成上の準備も必要である。必ずしも事前練習はできないのでそれだけに常に「真剣勝負」となる。これが緊張感のある好演をもたらすことになるのだ。
 逆にデメリットであるがゲストが来ない時のステージがやや寂しく感じられることがある。ゲストが来ない時の客数が極端に落ちるようでは何のためのゲストだか分からなくなる。従ってゲストなしのステージでは我々バンドとしてのカラーを確立し、より一層充実した演奏を心掛けなければならない。いつになっても向上心あるのみである。  


第173回 クラシック、ジャズの二刀流

 ジャズマンの中にはクラシックの曲を演奏するプレーヤーもいる。モーツアルトの「クラリネットコンチェルト」のベニーグッドマン、ハイドンの「トランペットコンチェルト」のウィントンマルサリス等など。これらの曲は譜面的にはそう難しくもないので(彼らにとっては)無難に演奏しているがクラシックとしての評価は別問題である
 それに引き替えクラシック、ジャズ両ジャンルで堂々と巨匠の仲間入りをしている人物がいる。アンドレ・プレヴィンである。彼は指揮者としては超一流でロンドン、ロサンジェルス、オスロなどのオーケストラで音楽監督を務めた。最近(2009年)ではN響の首席客演指揮者も務めた。
 一方バップ系のジャズピアニストとしてはシェリーマンやレイブラウン等と共演して多くの録音を残している。またクラシックのピアノ演奏でも数々の名演を残しているのだ。そればかりではなく映画音楽や作編曲にも手腕を発揮するなどその才能は留まる所を知らない。驚くべき多才なミュージシャンである。こういう人を「天才」と呼ぶのだろう。
 彼はユダヤ系ロシア人の家庭に生まれてアメリカに亡命して才能が開花した。ただこうした多才な人に良く見られるように大変女性遍歴も華やかで離婚経験も豊富である。しかしこれだけの素晴らしい業績を残した天才ミュージシャンであれば多少の女性関係には目をつむるべきであろう。

第172回 今の曲、何ですか?

 最近良く他人のライブを聴きに行く。すると全くMCのないライブが多い。特にモダン系のライブでは曲目の紹介など一切ない。どう考えてみ不親切だと思うのだが演奏者にしてみれば曲目解説はダサいという事になるらしい。次から次へと曲が演奏されてしかもアドリブからスタートすると何の曲やっているのか皆目分からない。
 以前演奏者に「今の曲は何という曲ですか?」と訊いたら「曲目?そんなの関係ないよ。」と言われたことがある。曲名と作曲者くらい紹介しても罰は当たらないだろう。もしとても良い曲だと思ってどこか他のライブでもリクエストすることもあり得るのではないだろうか。
 私は曲目紹介も立派な観客の啓蒙だと思う。ジャズを好きになってもらうためにはそうした基礎知識はあった方が良いのではないか。歌詞の詳細までは必要ないが恋の唄であっても失恋の曲か、ハッピーな曲かまたは恨み節かによって歌い上げ方も変わってくると思うのだ。解説しないのはミュージシャンが知らないからできないのではないかと疑いたくなる。
 聴衆無視のやり方はアメリカの一流ジャズミュージシャン、例えばマイルスデビス等のやり方に影響を受けているのであろう。彼らがそうするのは一向に構わないのだがジャズ後進国日本ではもっと丁寧なジャズ解説があってしかるべきであり、そうした解説が新たなジャズファンの開発につながるのではないだろうか。  


第171回 投げ銭ライブ

 投げ銭とは辞書によれば『芸人や乞食にお金を投げ与えること』とそっけない。通常ライブはライブハウスが主催し、客のチャージからミュージシャンへのギャラが支払われるのだが投げ銭ライブでは直接客の献金がミュージシャンの収入となる。極めて明確だが不安定な所得である。
 ニューオリンズでは目抜きの通りでは投げ銭ライブが至る所で行われている。演奏は千差万別であるが概してレベルは高い。場所によって投げ銭の収入は大きく違うのでプロのミュージシャンたちの場所取り合戦は熾烈を極めるらしい。客も慣れたもので良い演奏をするグループには大勢の観客が集まり、献金もバカにならない額となる。
 日本では都市のターミナルや公園等野外での演奏は騒音の問題で原則的に禁止されている。昔は井之頭公園が投げ銭ライブのメッカとされていたが今は演奏できない。その代わりに上野公園が解放されている。解放とは言え出演するためには許可証を取得し、事前に届け出なければならない。
 最近は野外ではなくレストランや居酒屋での投げ銭ライブが盛んである。店からすれば場所を提供するだけでミュージシャンのメンバーやその客のオーダーが期待できる。ミュージシャンサイドからすれば客の反応がダイレクトに感じられるので演奏だけでなく、選曲や口上(MC)も含めて格好の腕試しの場となる。

        

第170回 ミュージカルの魅力

 私はこれまで余りミュージカルには興味がなかった。どう考えても一人の人間が歌も踊りもお芝居も・・・なんて無理に決まっている。というか食わず嫌いであった。これはクラシックのオペラに対しても同じ思いで見ていたのである。何となく学芸会的なイメージが強かった。
 その思いは今でも基本的に変わらないがただ、今度ニューヨークで本場のミュージカルを観て若干観方が変わったことを認めざるを得ない。日本の場合はまだ役者が歌を勉強して演ずるかシンガーが演技と踊りを勉強して、と言う形が多いがニューヨークの場合、ミュージカルをやるために生まれてきたような役者が数多くいるという事だろう。
 今回観たのは“ファントム”(邦題オペラ座の怪人)と“シカゴ”であった。オペラ座ではステージ上だけではなく、ホール全体を駆使するようなスケールの大きい演出に胸打たれた。さすがニューヨークである。ただ内容的には私個人としては“シカゴ”により大きな感銘を受けた。皆一様に歌もダンスもそしてプロポーションも目をみはるばかりである。
 ブロードウェイではミュージカルの劇場が軒をつられており、どこも皆大盛況である。役者もオーディションにもまれて優れた人が勝ち残っていくのであろう。こうした状況を目の当たりにすると日本のミュージカルはニューヨークのレベル追いつくのはまだ相当の歳月を要するのではないだろうかと悲観的な印象を受ける。さすがニューヨークである。   


第169回 3拍子の恐怖

 前にこのコラムでウイーンに留学したバイオリニストが現地の教師にワルツの乗り方について徹底的に指導を受けたと書いたことがある。概して我々日本人は3拍子に弱い。ウィンナワルツの軽快なノリは大変難しく、下手をすると“じんた”のような泥臭いリズムになってしまうのだ。
 私の母は生前カラオケが好きで我が家に来ると良くカラオケに誘ったものである。彼女が必ず歌う歌に「知床旅情」があった。この曲は「しれー・とこーの・みさき・にーー」と伸ばせば3拍子になり、加藤登紀子は無理でも森繁久彌程度の感じにはなる。しかし母は「しれとこーのーー・みさきにーー」と伸ばすのでまったく3拍子にはならないのだ。
 ジャズにもジャズワルツと称してアップテンポの3拍子の曲がある。Sameday my prince will come (いつか王子様が)や My favorite things (私のお気に入り)などである。初心者がこういう曲を選ぶとよく途中から拍子が取れないことが多い。CMなどにも使われている人気曲だけにやりたがる人は多いが余りお勧めできない。
 何故日本人は3拍子が苦手なのか、一説では西洋人のルーツは騎馬民族であり、馬に乗って軽やかに歩くときのリズムは3拍子だそうである。それに引き替え、我々日本人は農耕民族であるからそうしたリズムとは無縁で田植えのリズムは完全に2拍子になっているのだ。こうしてみるとリズムはやはり民族のルーツと密接に結び付いているのだろう。


第168回 楽器歴の還暦

 私が楽器を始めたのは1956年の春であった。今年でちょうど60年になる。兄がクラリネットを吹いていた影響で小学校の時から楽器をやりたいという夢は常に持っていた。それも管楽器を。たまたま中学校にブラスバンドが新設されることになり、迷わず応募したのである。
 その頃から自分は何となく「将来人前で楽器を、それもジャズを演奏するんだ!」という強い確信があった。ジャズを聴きたくてキャバレーなどにも裏から入れてもらい、専属バンドの演奏を一生懸命聴いたものである。校則は厳しかったので学校に知れたら退学は間違いなかっただろう。
 楽器を始めて順調に上手くなったとは決して言えない。毎回おっかない軍楽隊出の先生からコテンパンに叱られながら、いつ辞めようかと思いつつ練習を続けたのである。今の指導者から考えたら信じられない暴言、暴挙4であったが当時はそれほど異常だとは感じなかった。
 かくて過ぎ去ってしまえばあっという間に楽器歴還暦を迎え、昨年は何とか初CDを発売することができた。そうなると夢は次の古希に向かう。あと10年後なんて先のことは誰も分からないがその時にも日々元気にライブ活動ができていればありがたい。更にもう少し今より上手くなっていたらいう事はない。楽器歴古希に向けてのささやかな夢である。
  




第167回 ジャズ漫画「ブルー・ジャイアント」

 漫画の世界にもジャズをテーマにした作品が遂に登場した。ビッグコミック誌に連載されていた「ブルー・ジャイアント」という漫画である。昨年のコミック単行本の売り上げ第5位と言うから大した人気漫画である。
 主人公は仙台に住む高校生で、独学でテナーサックスを学び、一歩一歩悩みながらも進歩を重ねていく。週刊コミック誌は毎回ストーリーが完結する形を取るため全体的には一貫したストーリーはないが河原での練習、先輩ミュージシャンとの出会い、ライブへの挑戦、そしてほのかな恋などが多彩にちりばめられている。
 作者の石塚真一氏はアメリカに留学経験があるが音楽大学ではない。漫画は28歳の時に「漫画の描き方」と言う本から勉強し始めて漫画家として認められてきたという苦労人である。主人公のジャズへの取り組みもそうした経験に裏打ちされている。ウェイン・ショーターや上原ひろみとの対談もしているところを見るとかなりジャズへの造詣も深いのだろう。
 素直な感想であるが確かに作品的には注目に値するのだが私は漫画そのものに素直に入り込めないもどかしさを感じた。何だか飛び石の上をふわふわ歩いているようで本を読むというより観たという感じである。やはりしっかりと文字を追って行く読書じゃないと頭が受け付けないのだ。



第166回 ダンスとジャズ

 ダンスと音楽は切っても切り離せない関係にある。クラシックではバッハ、モーツアルトの時代からワルツ、ポルカ、メヌエット等など皆舞曲が基礎にある。交響曲のような鑑賞型の曲が中心になってもウィンナワルツのような形でダンス音楽も長く残ったのである。
 ジャズでも同様なことが言える。初期のジャズはダンスとは深くかかわりあってきた。特にスイング時代はビッグバンドをバックにダンスをすることが大流行した。しかしチャーリーパーカーやディジー・ガレスピー等によりバップがジャズの主役となり、ダンス音楽は次第に衰退していった。
 所が最近再びダンス音楽が復興の兆しを見せている。デキシーランドジャズやスイングジャズのバンドが復活し、彼らの演奏の前では多くの人がそれに合わせてダンスに興じる姿も珍しくなくなった。ダンスは人間の欲急であるから場と音楽さえあれば復活するのは自明の理である。
 私がジャズに最初に触れたのは大学のデキシーランドジャズ・バンドでありダンスパーティでテナー担当の私は見よう見まねでアドリブを模索しているうちにいつの間にかジャズに没頭していた。ダンス音楽演奏で得た収穫は常にスイング感のある演奏を心掛けた事である。私は今でもジャズとは「スイングすること」が第1と心掛け、踊れる音楽を意識している。 
 



第165回 ミュージシャンと体力

 ライブ活動と言うのは意外と体力を要する。大体ライブが行われるのは夜であり、終演後帰宅は終電間近になる。ましてや重い楽器を抱えているので満員電車では肩身の狭い思いをしつつ帰宅する。しかも連日のアルコールで不規則な食生活により生活習慣病にも脅かされる。
 知人の年輩ミュージシャンの中には最近転倒などによる怪我人が続出している。かくいう私も飲んで帰る途中楽器を担いで転倒したこともある。腰痛に悩まされているプレーヤーも多い。またミュージシャンの生活習慣病の割合は一般の人に比べてかなり高いのではないかと思う。
 昔私がジャズを始めた頃、六本木で練習しているとミュージシャンの中に「走ろう会」と言うグループがあった。彼らは「ミュージシャンは体力が必要」という事で練習前に六本木の街を走るのである。その当時は何やっているんだろう?と半ばあきれてバカにしたものだが今思えば至極尤もな活動だったと言える。
 「運動なんて百害あって一利なし」と否定的な見解のミュージシャンも数多くおり、それはそれで分からぬわけでもない。ただ、周囲に病人やけが人のプレーヤーが続出するとやはり体力作りは必要ではないかな・・・と痛感する今日この頃である。
 


第164回 バンドのマーケティング活動

 マーケティングとは「顧客ニーズを的確につかみ、販売促進努力を通じて(中略)市場開発を推進する企業活動」のことを言う。(大辞泉より)バンドもある意味では演奏を通じて顧客(聴衆)の満足度を高めて支持(収益)を得るという意味ではマーケティング活動が必要である。
 それには先ず自分たちの実力と方針を明確にしておく必要がある。市場で言えば我々はニッチ(隙間)を狙う零細企業である。であるからにはそれなりの販売戦略が必要となる。大手ブランドメーカー、つまり有名なメジャーアーティストとは選曲や音楽の方向性も当然変わってくる。
 所が周囲にはこのことを理解しないバンドが非常に多い。形だけメジャーな行き方を真似て自分たちの特性を忘れているのだ。例えば大御所のマイル・スデヴィスを真似てステージ上で曲目も言わずいきなり観客に背を向けて延々と演奏する。それはマイルスだったら許せるが一般のマイナーバンドが決して真似てはならないステージマナーの基本である。
 このエッセイでも何度か取り上げたが独りよがりの選曲や客のリクエストだけに頼って選曲するなどは避けるべきであろう。今ジャズは斜陽であると言われているがこういう態度では斜陽は当然だろう。一応ミュージシャンの片割れとして最低限のマーケティング活動を行うことによって、ライブでの閑古鳥は極力避けたいものである。
 



第163回 型から入れ

 良くプロスポーツを観ていると構えて立つた時から何となく風格を感ずることがある。力が抜けているのにどっしりと隙がない。それに引き替えアマチュアはどこか力が入っており、動作を始めると必ずフォームを崩す。パワーや力以前の問題として形が違うのだ。
 それと同じことが音楽の場合にも言える。最近はユーチューブなどでプロの演奏スタイルを目の当たりにできる。しかし私が楽器を始めた頃はテレビでは観られなかったので時々来日したミュージシャンを観てステージに出てきた時の姿を瞼に焼き付けて参考にしたものである。
 楽器の場合、勿論先ず技術の訓練から入るのは当たり前のことであるがこうした“型の差”を実感し、時には真似てみることも必要ではないか。私のレッスンルームの壁には全身を写せる鏡が付いており、時には生徒をその前に立たせて演奏する姿勢や力の入れ方をチェックする。
 一番肝心なアンブシュア(吹くときの唇の形)も自分で唇や喉の形を確認することがとても大切である。型は言われてみれば分かるのだが中々自分では気づかない点が多い。初心者に対しては譜面より先に演奏する時の型を教え込むのが最も重要ではないかと痛感している。


第162回 “サクスビクス”のススメ

ある老人ホームでリーダーの指示のもとに太鼓をたたいて運動する“太鼓ビクス”を取り入れた所、非常に若返り効果があったそうである。その秘訣はバチを振るう軽い運動とリズムをとるという右脳への刺激が程良い効果をもたらすためだそうだ。
そういう事であればサックスを吹くことによる“サクスビクス”はどうだろうか。サックスを吹くことは太鼓を叩いてリズムを取るよりも指を動かすことにより更に右脳を強く刺激する。それに加えて肉体的には心肺機能の向上や腹筋の強化が同時に得られるのだ。
“太鼓ビクス“ではリズムをとるという行動と運動が結びついて効果が上がるわけだがサクスビクスでは更に唇の周りの筋肉の強化によるしわ防止や歯の刺激に寄る歯茎の強化など美容健康効果も期待できる。老人ホームだけではなく、若い女性にも魅力的だと思う。
しかしこうした効果は宣伝次第、指導者次第だろう。若いチャーミングなインストラクターが効果を提唱すればサクスビクスの生徒は増えるかもしれない。いずれにせよ残念ながらジジイのインストラクターでは何をやっても徒労に終わるのは明白である。
 



第161回 スイングジャズの復活

 ジャズはスイングジャズからモダンジャズ、モードジャズへと移行し現在では更に進化しつつある。しかしどうも行きつく所まで行ってしまったようで余り活発な動きはない。そうした中、ここにきてどうやら古いスイングジャズが復活の兆しを見せている。
その顕著な例としてニューヨークではスイング系のジャズコンサートが盛んである。その理由は3つある。一つは若い人たちにとって50年前のスイングジャズが新鮮に感じられる事、スイングダンスが復活した事、更にスーパースターの登場である。
特筆すべきはスーパースターのことだ。ブリア・スコンバーグという女性トランぺッターの人気がすごい。楽器が上手いだけではなくプロデュース能力にも長けており、もう1年先まで予約で一杯である。数年前関西のジャズフェスに来日したがまだ日本では余り知られていない。
ニューヨークジャズフェスではオールナイトで2日間ぶっ通しだが出ずっぱりだ。司会から楽器演奏、歌まで歌う。しかも“若くて美人”である。3拍子も4拍子も揃っている。こうしたスーパースターに触発されて若手のプレーヤーが続々登場している。誠に頼もしい限りだがこうした動きが日本に伝わるのはまだちょっと先なのかもしれない。


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